旦那が死んで鬱になる

まだ話せてない事、たくさんあるのに・・

パパの友人への手紙

名前は仮名に修正してあります

 

前略 山岡様



この度はご丁寧なお手紙をありがとうございました

山岡さんには随分とご無沙汰で本当申し訳ないです。

 

パパは1/8~14日まで母親の法事のために九州へ帰省していたのですが、
13日より連絡が取れなくなり、心配して何回も電話をしても返事はなくて、
気が付くと、もう夜も遅いという事もあり、
お姉さんには翌日電話をしようと決めたのです。

翌日の15日の朝に電話をすると、その電話も出なくて
九州に地震もあったので何か問題があったのかと不安でなりませんでした。


 するとお姉さんから電話がかかってきて

「建が息を引き取りました」と聞いたのですが、全く信じられないことだったので、なぜ?どうして?と詳しく内容を聞きたかったのですが警察が来ているとかで、また連絡しますと電話を切りました。


1/8は「行ってくるよ、早く帰ってくるよ」って言葉で出ていき

途中電話で「友達と酒を飲み過ぎた具合が悪い」という言葉が最後でした。

まるで遺書のように何十人にも同じ文章をコピペしてLINEで送信してたのが最後のメッセージとなりました。


「ごめん約束破ったウイスキー飲んじゃった。もう友達と飲んで散々だよ、もう禁酒します。ビールだけにします」

もうどうしていいのか訳も分からず、これからの生活の事、今の生活の片づけなど頭がパニクッてしまい悲しさと悔しさで泣きすぎて熱が出たりしてた。

 


でもパパは、一応生まれ育った実家で亡くなったので良かったと思う。
お姉さんが喪主となり通夜、葬儀も行うという事でしたので、日にちが決まり次第私も行くという事になったのです。

パパが名刺を持っていたことで、変死の疑いをもたれ、司法解剖となりました。

そのため通夜は18日、葬儀が19日と決まりましたので

私は17日から九州へ行ってまいりました。

パパは、1年前より痩せて顔色が悪く、毎日トイレも長くて下痢が続いているみたいだし、何と言っても手の震えがすごいの。字も書けないくらい震えてて。
なので、無理やり病院で検査をさせたところ「脂肪肝」と診断され、医師から「このままのペースで酒を飲んだらあなたは5年後に肝硬変になり10年で死亡します」と言われ精神科を薦められたのですが本人が拒否。

それどころか、いろいろ心配をして聞いてくる人に「大したことなかったですよ」と言っては飲みに行く毎日

診断を無視してウイスキーを飲み続け、ついに、

去年の夏7月中旬頃の朝パパからの電話で起こされ何事かと思って話を聞いてると「血を吐いた助けてくれ」といつもと違う弱弱しい声で言うんです。
でも、私は寝起きで気分も悪いし「だったら救急車を呼びなさいよ」と冷たく言って電話を切ってしまったのですが、何だかとてもいやな予感が押し寄せてきて

私が行かなければ、パパは救急車なんて呼ばないから、もしかしたら死んじゃう?

声も尋常ではなかったので、私は急いで着の身着のままでパパの家へ行くと、
部屋が血だらけで2リットルくらい吐いたらしい

急いで救急車を呼び、そのまま入院

アルコール性肝炎と膵臓が弱っているとの診断。

医師より「あなた酒に向いていない体質なのね、飲めばドンドン内臓が壊れてしまう体質なのですぐに酒辞めないと本当に死にますよ」と言われた

そしてすぐにでも紹介状書いたので東京の病院へ行くようにと強く言われたが、本人は一向に行こうともしない。

それどころか、退院してからはウイスキーはやめるけどビールにすると言い出し、最初はノンアルコールビールで、夜からはビールは500ml2本までと言う約束をしたのです

「でも今日は仕事休みだから、」「何もやることがないから」と何かしらの理由をつけては飲み、時には朝から飲んだりしてた

目を離すと飲み続けるので、一緒に暮らすことを計画し実行。

ここに住み始めてまだ4ヶ月です。たった・・・

私のいう事なんて聞かないし喧嘩になる
それでも私は目を光らせ、ムカつくと酒を捨てちゃう事もした。

でも九州へ帰って、おじさんの勧めでウイスキーを飲んだから

内臓が爆発しちゃったのではないかと思う

死亡結果は肺水腫 肝硬変による膵蔵壊死


 とても苦しんで亡くなったのだと思われます

苦しくて歯を食いしばった際に、唇を噛みちぎって血の海だったらしい。

でも、大好きな酒を飲んで、アル中だと認めずに治療も拒否したのもすべて辻の意志ですから、どれだけ苦しんでも自業自得だと思っています

 

まず死亡とお姉さんから聞いてすぐに会社の社長に連絡をしました

色々な話をして「九州は遠いから分骨をして会社の墓にに入れてあげよう」という事になりました。

九州の通夜も葬儀も東京の会社から2名来てくれましたが、分骨を渡すように言われましたが嫌ですと断り、「パパは私と一緒に家に帰します」という事で連れて帰りました
今はうちで線香を絶やさずあげています

会社から社長の分も、という事で2人線香あげにきましたが香典無くてびっくりした

来週は会社でお別れ会、3月2日は分骨式食事会が行われます

すべて会社が仕切っているので、あーそういうものなのか~と思った

私はなんだかムカついて会社に尽くしてきたパパって何だったんだろうって、それを支えてきた私も何だろうって

だから社長からの電話には出ないようにしてる無視です

だから会社でのお別れ会も行きたくないと言ったら「骨を持ってきてほしいし来ないと周りに良くないこと言われるし、冷たいとかなんとか」だって。。。

冷たいのは会社でしょ。

アンネは何もしてもらえないものなの?

まーそういうことです

これからこの家2LDKに買いそろえた家具家電その他もろもろをリサイクルショップを呼んで処分してもらうことと、私の引っ越しもあるのでこれからが地獄です。

そうそう山岡さんにお願いある

小野寺さんって人、電気屋さんしてますよね、山岡さんと仲が良いという事を聞いていますが、この人に以前、会社の防犯カメラの設置をしてもらったことがあるとかで今の住んでいる家。
私の部屋にエアコンを設置してもらうという約束をしました

うちで食事をごちそう用意して話を進め全部で7万円で1月7日に設置しますという事で話は決まったのです

数日後連絡が来て、お金を4万円だけ先にもらえないかという事なので家に取りに来てもらい4万円を支払いました。

約束の1月7日には連絡が取れず今里さんを間に入れて大家さんの息子さんと一緒に家に行ったら具合が悪くて寝ていたというのです。

いい大人が具合が悪いならその旨連絡をするのが筋じゃないですか

その後、パパと小野寺さんで電話にて後日15日に改めて設置しますと約束を取り交わしてのですが、15日に訃報があったことから連絡しても、またまた連絡取れず

会社の人や今里さんに頼んで部屋に行ってもらってノックしても居留守らしいです。

今の私には4万円は大金です

何だか パパが馬鹿にされたみたいで頭にきているのです私

4万円を私に返すように山岡さん言ってください!

誰かに頼んで集金してください

本当にお願いします

詐欺で警察に行こうかと最終的には考えています

それが私の悩みでお願いです。

 

1月14日が命日です

3月3日が49日です

どうか冥福を祈ってあげてください

いちおうここで暮らした2人の家ですから3月3日の49日まではこの家にて骨をおいてあります。

私自身は3月末までにここを引き払い引っ越しをします

去年パパは還暦のお祝いを開催したりして・・・
沢山招待して祝ってもらって良かったです

今年は私と一緒に初詣も行って、私が今年還暦なので厄払いをしておけよなんて言ってくれたからパパが帰省中に厄払いしたりして待っていたのに

 

パパが私に言ったプロポーズの言葉が

「これからさきずっと一緒に歳をとっていきましょう」でした

酒を飲むと怒りっぽくなり喧嘩になったりも多かったけど、
それでも私にとっては、いい旦那でした。

家事はしなくていいよと、毎日パパがスーパーへ行って弁当とか食材を買ってきてくれたりして、家賃も光熱費も買い物もパパなのに
私への生活費の意味が分からないと言いながらもきちんと払ってくれてた

家具とかは私のカードで支払ったので、その支払いや飼っているチワワ、アーニャの食材、保険料などを生活費から支払ったりして

パパはアーニャを娘と呼んでとても可愛がって溺愛してました

このアーニャは3月で3歳なので約3年ほど前に私への誕生日プレゼントとして買ってくれたものなのです

今年はさらにもう1匹買おうと予定していたのです

私が何より悔しいのは優先順位1位がアルコールだったという事です

パパが頑張ってくれないとアーニャとママは母子家庭になっちゃうよっていつも言っていたのに!わかったよ頑張るよって言ってたくせに、とっとと先に行っちゃうなんて

60歳なんて若すぎるでしょ?

せめてあと10年は生きて欲しかった

私より先には死なない約束もしたのに守れないことばかり

アル中であったから仕方なかったのでしょうね

パパは優しくてね。

友人思いで会社の社長から大反対されていたのに内緒で横浜さんや倉田さんに手紙や差し入れもしてたから

なんか愚痴ばかりになっちゃってごめんなさい。

山岡さん本当に久しぶりで懐かしいから、

本当なら明るい楽しい話もしたかったけど

一応今回はどうやって亡くなったのかを知らせたかったので長くなりましたが、

報告までに・・・

 

私は自分の後輩たちが、辻をよく知っているので線香をあげにきてくれたりしてから精神的にも落ち着いてきて食欲も出てきました

幸せ太りしてたから食べない方が続いてもいいのだけどね

でも今はまだパパと歩いた道を歩くだけで、思い出しちゃって、涙が出たり嗚咽が始まっちゃう感じですよ

何度も喧嘩しては別居したりを21年前から繰り返し、それでもまた一緒になるという私たちはよほど縁が強いのですかね

火葬の扉を閉める役をさせられましたが最後には大声で

「行ってらっしゃいパパ!来世でまた会おうね」と叫びました
みんなの手前、かなり恥ずかしかったけどね・・・

人は死ぬと極楽浄土に行くまでに修業を積み

7日ごとに裁判がおこなわれて生前はどんな生き方をしてきたのか?

などと問われ49日には判決がでてどこに行くか決まるらしい

でも現世の遺族たちがお祈りを続ければ、たくさんの人がお祈りをすれば極楽浄土に行けるそうなので私も毎日祈っています

仏様は臭いで食べるからフルーツや炊き立てのご飯を毎日お供えしてます

10年待って、出所してから6年しか暮らしていないのが残念でなりません

死ぬなら待っている方が全然マシと思うよ。
 だって戻ってくるじゃない

死んだらもう終わりなんだよね。
 待っていても帰ってこないんだから・・・・

パパの親族たちはみな私の事を知っていたのね。
パパが帰省すると、毎回みんなに私とアーニャの写真を見せていたみたい。

籍は入れていないけど、内縁だからと親族の皆様から親族代表のあいさつをお願いされて葬儀で私が挨拶をさせていただきました

「遺族を代表して、ご挨拶申し上げます。私は故人,建の内縁、典子でございます。
本日はご多忙の中、お悔やみいただきまして、誠にありがとうございます。
故人も皆様からお見送りいただき、さぞかし喜んでいることと存じます。夫は酒と銭湯が大好きでした。医師に体が酒に向いていないから飲めば内臓が壊れていくと告げられても飲み続け、それはまるで死に急いでいるような感じでしたが、結局は大好きな酒で旅立てたのだから、幸せなのかもしれませんね。以前テレビで人は2度死ぬというのです。一度目は息を引き取る。2度目は人から忘れられるときだそうです。なので私から皆様にお願いいたします。皆様の心に、どうか建をとどめてください。たまに思い出してください。決して忘れないで下さい。どうかよろしくお願いします。

本日はありがとうございました。」

こんな感じで、時間が無かったのでぶっつけ本番!考えながら挨拶しました
終わってから親族にすっごく褒められました

 

 

山岡さんもこれから まだまだ寒い日が続きますので風邪など引かぬよう

お身体ご自愛くださいませ

ほんとう出来ましたら小野寺さんのことをお願いします

 

まだ手紙下さいね

楽しみに待っています