旦那が死んで鬱になる

まだ話せてない事、たくさんあるのに・・

塀より高いとこへの手紙

ねえ、パパ・・
今どんなとこにいるの?
どんな世界なの?
今年になってすぐにパパが返ってこなくなってから私は焦っているよ
お金の管理もできていないし、部屋も汚く、散らかっている
毎日銭湯に通っていた私が今は1週間に1回くらいかな

バッチいね?でも変え体がが思うように動かないんだよ

今では、あんなに好きだったサウナは行かなくなったよ。

今日はお知らせがあって、
このブログで私たちが辿ってきた道を紐づかせたら私たちが生きたという証になるから何年かかっても私は完成させたいと願っています

もう何もかもが変わってしまったんだ
何を食べても美味しくないし、見えるものはみんな茶色やグレーだよ
髪の毛を染めなくなって、ネイルもいかない、まつエクも、眉アート、ボトックスやヒアルロン酸、眉の手入れすらしていないし今年の夏は外に出ないから暑さも知らない。こんなにも1日って長く感じるものなんだね
寝てもすぐに目が覚めちゃう
今日はアーニャに塗る薬まで忘れてて、しかもどこにしまったのかも忘れて大騒ぎだったんだ。
アーニャのトイレシートも10枚セットでホチキス止め。
いつもパパとしてたからすぐに終わったよね。

今は一人で何でもしなくちゃならないから大変。
いつもパパが決めてたよね?
今日のご飯は?って聞いてからスーパーで買い物してきてくれたり、外食したり
翌日の朝ご飯はセブンイレブンのおにぎりと、豚汁とかも買ってきてくれてたね


私はADHDだから、片付けが出来なくて

それを汚いとか、散らかっているとは感じないので、そのまま片付けなかったけど、さすがにダメだろうって、パパが戻ってくるまでにコンサータを服用しながら、自分ルールをたくさん作って、毎日のルーティンとしていたんだよ。

昔は散らかっていることや、荷物が多いことで、たくさん叱られてていたから
今度こそは頑張ってみようってね、

毎朝8時に起床して、掃除洗濯、買い物は午前中に済ませる。
健康づくりのためにスポーツセンターにも通っていたっけ。

毎日、パパはからのLINEは1時間毎に10回以上とか、してくる人。

電話の内容とかは、別に家に帰ってから話せばいいような事ばかりで・・

本当に1日に何度もだから、いい加減にしてって思って、
電話が鳴るたびにムカついて

でも、電話に出なかったりすると、かなり機嫌が悪くなるしね

 

私は、電話を自分からする事は余程の事でもない限りはしないタイプ。

よく女性は彼氏に

「何時に帰ってくるの?」って十八番でしょ?
それをしないから逆にパパから叱られて、

「なんで帰るコールしないんだ!!」ってね。
私から電話するときは本当に用があるときで

「お金を頂戴」って言う事くらいなのものです。

朝の5時ころに目が覚めてしまったからと連絡をされた日から、私はスマホの設定で朝9時までは着信あってもならない様にした。

そんな事でも今は懐かしいよ。

今は鳴らなくった電話を持っている意味あるのか思ってますよ。

もう10か月が経とうとしているのに、パパがいないことに全く納得できないまま

食べ物の味や、景色、音楽、そして見るもの触るものすべてにパパとの思い出がありすぎて忘れる事なんてできないし、涙が毎日止まらないよ

ほとんど毎日大声で泣いているよ
今日はファブリーズが全部無くなったので、パパが買ってくれたリファを使用することになったよ。

パパ言ったよね?
「一緒に年を取っていきましょうか」
「きっと2人なら食べ物も美味しいし、見る景色だって美しく、1人よりも2人がいいですね?」

「そして、いつも側にいてください」
「何もしなくていいから一緒にいてください」

「これから先、たくさん思い出を作っていきましょうね」
「仕事の都合で私は多分、いつかきっと拘束されます。」
「もしそうなった時は待たないで下さい。あなたの幸せを願ってますよ」
そして本当に、その言葉の通りになったんだよね


10年離れ離れになる事となって、
私は待っているので籍を入れましょうってお願いをしたのですが
「あなたは不幸な人生に飛び込むことは無いのだから、簡単に10年先の約束なんてしなくてもいいのですよ。10年後、あなたの名字が変わることが当たり前だと思う」
「女は所詮一人では生きられないものだという事も知っています。」

「私が金持ちだったらあなたを金で縛り付けて待てと言えるのかもしれませんが、悲しいかな私にそんな金はない」

パパ、自分の幸せを優先しろっていうなら私はやっぱり待っていることを選択するよ、それ以外は考えられないし考えたくもないよって言うと

「今はそう言っても先の事はわかりませんから、もしそうなった時には迷う事なく私を切り捨てなさい。あなたにとって必要であるならそうすればいいし、そうでないのなら、そうしなくてもいい」
この言葉の意味はよくわからず困ったけど、私は迷うことなく待つと決めていたから10年という長い月日を待ちました
それは実際に経験してみないとわからないような期間でした
でも大声をあげて泣くような事ではなかった
だって、必ず待っていれば帰ってくるとわかっているから。
私は、その間に自分の生活をすべて変えた

そしてその間に気変わりとか、迷いとか全くなかったよ
私にとって、パパは大切な家族だから
寂しい思いだけはさせないようにしようって思ってた
なぜだろう?
自分でも

不思議だけど

とても感謝していたし、何より家族だから待つのが当たり前だった

今はどれだけ待っても帰ってこないのが、本当に悔しくて悲しいよ